住職の心書926.作法
「煩わしい儀礼や作法等は必要ない。今は昭和じゃなく令和だと!」お話されておられる方がおられました。
「靴を並べる」「いただきます」等、儀礼や作法を厳しく重んじている方がおられ、その事に対して反発した言葉かと思われます。
確かに「これいる?」といった煩わしい儀礼や作法は今でも残っております。
「香を執れば自ら馥し、衣を洗えば脚浄し」(性霊集)
訳)お香を薫じれば自分の体から良い香りが移り。川に入って衣あれば足まで清浄になる。
自分ではそれを意図したものではなかったとしても、その行為をすることによって、知らず知らずのうちに自身を整え、自分の行為を正していく行為が少なからず作法にはあります。
行う事によって連鎖的に心も行動も変わっている。
「行為」ではなくて何故重んじていたのか?の「心」を見る事が大切であります。
知心寺 住職 眞田正適
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