住職の心書168.躊躇
ごみが落ちているのを見つけても、まあいいや、誰かが拾うだろうって思って放置。
誰かが泣いていても、いずれ泣き止むだろうと自分には関係ないと見ないふり。
そうやっていると、いずれ心にまでサボり癖がついて、良い部分を悪い部分が知らない間に覆ってしまう。
「善をためらっていては、心が悪を楽しんでしまう。」
思い立ったら吉日。
いつだってやるなら「今」なのです。
知心寺住職 眞田正適
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ごみが落ちているのを見つけても、まあいいや、誰かが拾うだろうって思って放置。
誰かが泣いていても、いずれ泣き止むだろうと自分には関係ないと見ないふり。
そうやっていると、いずれ心にまでサボり癖がついて、良い部分を悪い部分が知らない間に覆ってしまう。
「善をためらっていては、心が悪を楽しんでしまう。」
思い立ったら吉日。
いつだってやるなら「今」なのです。
知心寺住職 眞田正適
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