住職の心書50.あきらめる
仏教用語に「あきらめる」と言う言葉があります。
しかし、一般には本当の意味には使われず、妥協や現実逃避に解釈されることが多いようです。
あきらめは「諦め」と書き、起こった事象を「明らかに見る」と言う意味であります。今の状況を見つめ、集まってきた諸々の原因を探し、消滅する方法を考え、教えの道を実践していくのです。
「諦め」には徹底した自分自身の「洞察」と「批判」と「実行」があります。
「諦め」は妥協や現実逃避ではありません。自分を見つめる姿勢です。
知心寺住職 正適
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