住職の心書353.放置
「心田長ぜず無明の草」
畑でも普段から耕し食料を育てているところには草がありません。
何も耕さず手付かずのところにには草いっぱいです。
私たちの心も同じことです普段から自分の心の在り方に注意をしていると、心の中に起こる迷いや煩悩。悪い心が起こり、それが広がる事はありません。
放っておいても畑の草と同じように迷いが生い茂ります。
普段から心がけておかないと生い茂ってから気付き、それを刈り取る(頭の整理)のは大変な重労働です。
知心寺住職 眞田正適
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